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私たちについて

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我が家は代々からの農家で、祖父の代までは林業と米栽培で生計を立てていました。

父の代で、つつじなどの花木栽培に切り換えてからというもの、特にバブル経済の華やかりし頃などは私もよく駆り出され、手伝いに精を出していました。

雲仙市は島原半島の北部に位置し、じゃがいもやたまねぎなどの野菜の栽培が盛んです。
《雲仙栗原ねぎ》の倉庫兼出荷場は雲仙普賢岳のふもと、標高約250m位の中山間部にあり、すぐ近くには県立百花台(ひゃっかだい)公園があります。

長崎県内屈指の肥沃な大地、島原半島・雲仙。

​そこでは昔から、さまざまな恵みが育まれてきました。

土によって生かされてきた家系を受け継ぐということ。

私が本格就農したのは平成16年の10月、35歳の時。不慮の事故により、父が突然この世を去ったのがきっかけでした。折しもバブルが弾け、公共事業の激減で街路樹などの花木も不振になり、白ネギ栽培に切り替えた直後でした。
畑には当時、20a程の面積にねぎが植えてあり、苗も育てている最中でした。そうしたさまを見た私は、後継者となることを決心し、長年勤めた会社を辞め、妻と子供4人を連れて実家に戻ったのです。

土によって生かされてきた家系を受け継ぐということ。

そこは、考えていた以上に厳しい世界でした。

そこは、考えていた以上に厳しい世界でした。

それから、妻と2人での農業が始まります。
父の形見となった白ネギを箱詰めし、市場に持って行くのですが、出荷調整もしないままの我が家のネギは、1箱に10束入ったものが50円~60円と買い叩かれたものです。

きちんとした栽培方法もわからない、手探りばかりの駆け出しでは、当然実績も無く融資も受けられませんでした。

このように、私の農業1年目はそれまで経験のない辛さを味わう日々となったのでした。

ようやく築いた“今”を、“未来”に繋ぐために。

その後、近所の白ネギ生産者の方々に教えを授かりながら少しずつ技術を習得し、4年目には秀品を作れるまでになりました。周囲の助けのもと規模を拡大し、今では7haを超える面積で生産を手掛けるまでになりました。加工食品や業務用品に対する需要も高まるなかそうしたニーズにも力を入れているところです。そうして、市場相場に左右されない安定した農業経営と、安全・安心の栽培努力とで、美味しい《雲仙栗原ねぎ》を届けてまいります。

ようやく築いた“今”を、“未来”に繋ぐために。

地域でもいち早く、外国人実習生を受け入れてきました。

現在では雲仙市内に40箇所を超える圃場を抱え、それぞれの土地に合わせた栽培方法で通年出荷を実現。

私と妻に息子夫婦、それに外国人技能実習生のみんなも含めて総勢9名でがんばっています。

栗原家一家勢揃い
地域でもいち早く、外国人実習生を受け入れてきました。

名称

雲仙栗原ねぎ

代表者

栗原 光博

所在地

〒859-1325
長崎県雲仙市国見町多比良戊1448-39

電話/Fax

0957-78-5350